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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5540号 判決 1963年1月30日

判   決

原告

有限会社東京理科工業

右代表者代表取締役

浜田正義

右訴訟代理人弁護士

伊賀満

被告

永泰工業株式会社

右代表者代表取締役

徳永健一

右訴訟代理人弁護士

伊藤修佐

右当事者間の昭和三六年(ワ)第五、五〇四号意匠権及び実用新案権侵害排除等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  被告は、原告に対し、金十四万円及びこれに対する昭和三十六年七月二十六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求は、棄却する。

三  訴訟費用は、これを、五分し、その四を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「一被告は、別紙第一目録記載の構造の天体儀及び同第二目録記載の意匠の天体儀を製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡のために展示してはならない。二被告は、右天体儀の製品及び天体儀の製造に必要な金型を廃棄せよ。三被告は、原告に対し、金九十三万六千円及びこれに対する昭和三十六年七月二十六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。四被告は、別紙第三目録記載の各月刊雑誌に、同第四目録記載の謝罪広告を各三回ずつ掲載せよ。五訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決及び第三項について、仮執行の宣言を求めた。

被右訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、次のとおり述べた。

一原告の有する権利

(一)  原告は、昭和三十四年十一月五日、浜田和美から次の意匠権を譲り受け、昭和三十五年一月十八日、意匠権移転の登録手続をし、現に右意匠権を有するものである。

登 録 番 号 第一五五、三一七号

意匠に係る物品 天体儀

出     願 昭和三十三年十月二十一日

登     録 昭和三十四年十一月五日

(二)  原告は、昭和三十四年十月五日、昭和三十三年十一月二十四日出願にかかる「天体儀」の考案について、実用新案登録を受ける権利を有する浜田和美からこれを譲り受け、昭和三十六年三月二十九日、原告名義で次の実用新案権の設定の登録を受け、現に実用新案権を有するものである。

登録番号 第五三二、二〇一号

考案の名称 天体儀

出   願 昭和三十三年十一月二十四日

出願公告 昭和三十五年九月七日

登   録 昭和三十六年三月二十九日

二差止請求

被告は、業として、おそくとも昭和三十四年九月一日から、現在に至るまで別紙第二目録記載の意匠及び同第一目録記載の構造の天体儀(以下、本件天体儀という。)を製造、販売しているが、その意匠及び構造は、それぞれ原告の有する本件登録意匠の範囲及び登録実用新案の技術的範囲に属するから、原告は本件天体儀の製造、販売により、原告の前記意匠権及び実用新案権を侵害している。よつて、原告は、被告に対し、その侵害の停止を求める。

なお、被告の所有する本件天体儀の製品は、右侵害の行為を組成したものであり、本件天体儀の製造に必要な金型は、侵害の行為に供したものであるから、これらのものの廃棄を求める。

三損害賠償請求

(一)  被告は、本件天体儀を製造、販売することが原告の有する意匠権を侵害するものであることを知りながら、次のとおり、本件天体儀を合計六百五十台製造、販売して、原告の意匠権を侵害した。

(い) 昭和三十四年十一月五日から昭和三十五年五月三十一日まで百五十台。日本国内で販売。

(ろ) 昭和三十四年十一月五日から昭和三十五年二月二十九日まで四百四十台。外国(主として米国)に輸出。

(は) 昭和三十五年三月一日から昭和三十五年六月三十日まで五十台。外国に輸出。

(二)  その当時日本国内において、天体儀を製造、販売していたものは、原告と被告のみであつたから、被告が、前記のとおり、本件天体儀合計六百五十台を製造、販売しなければ、原告が同数の天体儀を製造、販売することができたものである。そして、原告は、その製造した天体儀を、その当時、一台について六千八百円で販売し、金千四百四十円の利益を得ていたものであるから、本件天体儀六百五十台で合計金九十三万六千円の利益を得ることができたはずであるが、被告の前記侵害行為により、原告は、この得べかりし利益を失い、同額の損害をこうむつた。

(三)  よつて、原告は被告に対し、金九十三万六千円及びこれに対する被告の不法行為ののちである昭和三十六年七月二十六日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四謝罪広告の請求

(一)  被告は、原告が本件意匠権及び実用新案権を有し、かつ、本件天体儀は、右各権利の実施品であることを知りながら、別紙第三目録記載の月刊雑誌「月刊教材教具」の昭和三十四年六月号から八月号まで及び被告発行のカタログに、本件天体儀の広告を掲載し、しかも、右広告中、本件意匠権及び実用新案権の登録番号でない「意匠登録第二一、二四四号、実用新案登録第三六五、六一六号」と記載して、虚偽の登録表示を附した。

(二)  被告は、本件天体儀の粗悪品を製造して、昭和三十四年九月ごろから同年十一月ごろまで、米国で、従来は、天体儀一台二万千円で販売されていたにかかわらず、一台金一万三千九百円で投げ売りした。

(三)  被告は、前記三記載のとおり、昭和三十四年十一月五日から昭和三十五年六月三十日までの間に、本件天体儀六百五十台を製造、販売して、原告の意匠権を侵害した。

(四)  以上の被告の本件意匠権及び実用新案権侵害行為により、原告の業務上の信用を害された。よつて、原告は、業務上の信用を回復するのに必要な措置として、意匠法第四十一条及び実用新案法第三十条により、それぞれ準用する特許法第百六条の規定に基き、請求の趣旨第四項記載の謝罪広告を求める。

五被告の主張に対する答弁

被告の抗弁事実は否認する。本件登録意匠及び登録実用新案は、浜田正義の創作及び考案にかかるものである。

第三  答弁

被告訴訟代理人は、次のとおり述べた。

一請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実のうち、被告が業として、昭和三十四年九月一日から昭和三十五年四月三十日ごろまでの間、本件登録意匠の範囲に属する別紙第二目録記載の意匠及び登録実用新案の技術的範囲に属する同第一目録記載の構造の本件天体儀を製造、販売したことは認めるが、その余は否認する。

(一)  被告は、先使用による通常実施権に基いて、本件天体儀を製造、販売したものである。すなわち、被告は、本件登録意匠の出願の日である昭和三十三年十月二十一日以前に、本件天体儀の製造に必要な金型及び金属部品の製作を業者等に依頼し、また、東京都中野区江古田一丁目百八十番地に工場を設けて、本件天体儀の組立機械工具を備えつけ、さらに、本件天体儀の広告用印刷物の作成を印刷業者に依頼していた。したがつて、被告は、本件登録意匠出願の日である昭和三十三年十月二十一日当時及び本件登録実用新案の出願の日である同年十一月二十四日当時、善意で、日本国内において、本件登録意匠及び登録実用新案にかかる天体儀の製造、販売の事業設備を有していたものであるから、大正十年法律第九十八号意匠法第九条の規定及び同年法律第九十七号実用新案法第七条の規定により、本件意匠権及び実用新案権について、その登録意匠及び登録実用新案にかかる天体儀の製造、販売事業の範囲内で実施権を有していた。右実施権は、昭和三十五年四月一日意匠法及び実用新案の施行にともない意匠法第二十九条の規定及び実用新案法二十六条において準用する特許法第七十九条の規定による通常実施権となつたものとみなされるに至つた(意匠法施行法第五条、実用新案法施行法第六条)。

(二)  かりに、右主張が理由がないとしても、原告が本件意匠権及び実用新案権に基き、被告に対し、本訴差止請求及び損害賠償請求並びに謝罪広告の請求をするのは、信義誠実の原則に反し、権利の濫用である。すなわち、徳永健一、山上泰一及び浜田正義は、昭和三十三年六月から八月までの間、被告会社設立事務所で、本件登録意匠を共同して創作し、かつ、本件登録実用新案を共同して考案し、昭和三十三年十月三日、被告会社設立と同時に、意匠登録を受ける権利及び実用新案登録を受ける権利を被告に譲渡し、被告はこれらの権利を取得した。しかるに、浜田正義は単独で、本件登録意匠を創作し、かつ、本件登録実用新案を考案したものとして、同人の妻浜田和美名義で出願し、本件意匠権については浜田和美名義で、本件実用新案権については原告名義でそれぞれの設定の登録を受けたものである。したがつて、原告の本訴各請求は、信義誠実の原則に反し、権利の濫用として許されないものである。

三請求原因三の事実は否認する。

四同四の事実は否認する。

第四  証拠関係≪省略≫

理由

第一  差止請求について

一争いのない事実

原告は、昭和三十四年十一月五日浜田和美から本件意匠権を譲り受け、昭和三十五年一月十八日、その登録手続をし、現に右意匠権を有すること、原告は、昭和三十四年十月五日、浜田和美から、三十三年十一月二十四日出願にかかる「天体儀」の考案について、実用新案登録を受ける権利を譲り受け、昭和三十六年三月二十九日、原告名義で本件実用新案権の設定の登録を受け、現に右実用新案権を有すること及び被告は、業として、昭和三十四年九月一日から昭和三十五年四月三十日ごろまでの間、本件登録意匠の範囲に属する別紙第二目録記載の意匠及び本件登録実用新案の技術的範囲に属する同第一目録記載の構造の本件天体儀を製造、販売したことは、当事者間に争いがない。

二  原告は、被告が現に本件天体儀を製造、販売している旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告が現に本件天体儀を製造、販売していることを前提として、その停止を求める原告の請求は理由がない。

三原告は、また、被告において所有する本件天体儀の製品及び本件天体儀の製造に必要な金型の廃棄を請求するが、被告が現にこれらの物を所有していると認めるに足りる証拠はないから、原告の右請求は理由がない。

第二  損害賠償請求について。

一原、被告各代表者尋問の結果によると、被告は、昭和三十四年十一月五日から昭和三十五年四月三十日ごろまでの間に、本件天体儀少くとも二百台を製造、販売したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。この点について、原告が昭和三十四年十一月五日から昭和三十五年六月三十日までの間に、本件天体儀を六百五十台製造、販売したと主張するけれども、二百台を越える部分については、これを認めるに足りる証拠はない。

二被告は、本件意匠権について先使用による通常実施権を有するか。

(証拠―省略)によると、本件登録意匠は浜田正義において創作したこと、同人は、その妻浜田和美に本件意匠登録を受ける権利を譲渡し、浜田和美は、昭和三十三年十月二十一日、本件登録意匠の出願をしたこと(出願の日については、争いがない。)、被告は、右出願の当時には、すでに、(イ)株式会社小倉製作所に、当時被告の取締役であつた浜田正義の作成した図面は基いて本件天体儀金型一式の製作方を依頼し(株式会社小倉製作所は、浜田正義の指導と協力とにより、昭和三十四年二月ごろ本件天体儀金型一式の製作を完了。)、(ロ)東京都中野区江古田一丁目百八十番地に本件天体儀の工場兼事務所を設けたことが認められ、(中略)他にこれを覆するに足りる証拠はない。

しかして、右の事実によれば、被告は、本件登録意匠出願の当時、本件登録意匠の創作者である浜田正義から、本件登録意匠の内容を知得して、その製造販売の準備に着手していたものであることも明らかであるから、被告は善意で右準備に着手したものということはできない。したがつて、被告は、事業設備を有していたかどうかについて判断するまでもなく、本件意匠権について、先使用による実施権を有しないといわざるをえない。

三(証拠―省略)及び本件口頭弁論の全趣旨によると、被告は、本件天体儀を製造、販売することが、原告の有する本件意匠権を侵害するものであることを知りながら、前記一に判示の期間、本件天体儀二百台を製造、販売したこと、その当時、日本国内において天体儀を製造、販売していたのは、原告と被告とであつたこと及び原告は、当時天体儀一台について金五千四百円で販売し金七百円の利益を得ていたことが認められ、(中略)他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。なお、原告は、その製造した天体儀一台について金千四百四十円の利益を得ていたと主張するけれども、原告が製造した天体儀一台について金七百円を越える利益を得ていたことを認めるに足りる証拠はない。

右の事実によれば、被告が本件天体儀二百台を製造、販売しなければ、特段の事情のない限り、原告は同数の天体儀を製造、販売しうべく、これに伴い一台について金七百円、二百台で合計金十四万円の利益を得ることができたものというべきであるから、被告の本件意匠権侵害行為により、金十四万円の得べかりし利益を失い、同項の損害をこうむつたものとみるのが相当である。したがつて、原告の本件損害賠償請求は、金十四万円及びこれに対する不法行為ののちである昭和三十六年七月二十六日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、理由があるが、その余は失当というほかはない。

四原告の損害賠償請求権の行使は権利の濫用か。

被告は、浜田正義が、同人、徳永健一及び山上泰一の共同創作にかかり、被告の取得した本件意匠登録を受ける権利を、同人の単独創作にかかるものとして、その妻浜田和美名義で出願して、本件意匠権の設定の登録を受けたものであるから、本件損害賠償請求権の行使は権利の濫用である旨主張するが、被告が本件意匠登録を受ける権利を取得していたことを認めるに足りる証拠はないから、これを前提とする被告の右主張は採用することができない。

第三  謝罪広告の請求について

一(証拠―省略)によると、被告が昭和三十四年四月ごろ本件天体儀のカタログを配付したこと、被告が雑誌「月刊教材教具」の昭和三十四年七月号から九月号までに、本件天体儀の広告を掲載したこと及び右カタログ及び広告中に、「意匠登録番号第二一、二四四号、実用新案登録番号第三六五、六一六号」と記載されていたことが認められる。しかし、前記第一の一の争いのない事実によると本件意匠権が登録されたのは、昭和三十四年十一月五日、本件実用新案について出願公告のあつたのは、昭和三十五年九月七日であるから、それ以前の被告の右行為により、本件意匠権及び実用新案権の権利者としての原告の業務上の保用が害されるということの社会通念上ありうべくもないことは明らかであるから、被告の右行為により、その信用を害されたことを前提とする原告の請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないこと、また明らかというべきである。

二また、原告は、被告が本件天体儀の粗悪品を製造して米国で投げ売りしたと主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はないから、これによつて、原告の業務上の信用を害されたという原告の右主張は進んで爾余の点について判断するまでもなく、失当といわざるをえない。

三被告が昭和三十四年十一月五日から昭和三十五年四月三十日ごろまでの間に、本件天体儀二百台を製造、販売して、原告の本件意匠権を侵害したことは、さきに判示したとおりであるけれども、被告の右侵害行為により原告の業務上の信用を害されたことを認めるに足りる証拠はない(被告の侵害行為があつたからといつて、直ちに原告の業務上の信用が害されたといいえないことはいうまでもない。)から、原告の請求は理由がない。

第四  むすび

よつて、原告の本訴各請求は、主文掲記の範囲内において、正当として認容すべきも、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 米 原 克 彦

裁判官 竹 田 国 雄

第一ないし第四目録(省略)

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